日々の読書、愛犬たち、翻訳、手芸など


by ars_maki
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Masahiro Amano

Er ist entrepreneur; er hat vielfache, ungewoehnlich Ideen.

Als er nur 9 oder 10 Hahre alt war, er kaufte Melonessaemling
ein. Er wachste die Saemling und verkaute seine Freunden
die Melonen. Er schlaegte dine Melone in Stuecke um die
Stuecke leicht verzukaufen.

Er eroeffnete auch einen Laden, wo er gebraufte Kleidung
und die andere Sachen verkaufte. Er war sehr erfolgreich darin,
und nachher 6 andere Laeden eroeffnete.

Jetzt beschaeftigt er mit der Schenke, wo findet sich in Tokio statt.
Dort kann man frei Shyouchyu trinken.

Es lautet aus, dass die Schenke frische Fische aus Hokkaido serviert.
Uebrigens, Masahiro Amano was in Hokkaido geboren.
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by ars_maki | 2010-03-31 13:08

Ich habe mich erkaeltet

Gesten hatte ich Gurgelwehe.
Ich hatte sie Vorgestern auch.

Als ich vorgestern Morgen hatte aufgestanden,
ich hatte meine Gurgelwehe gefuehlt.
Aber am Vorgestern wir hatten die erste Vorlesung;
wir lernen Aeltemhilfe.
So musste ich meine geistliche Staerke versammeln.
Von 9:30 bis 5 Uhr haben wir geblieben.
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by ars_maki | 2010-03-30 16:53

Long Life(ita.)

Nigel Nicolson,Weidenfeld & Nicolson,1997.

ナイジェル・ニコルソンは、ウィタ・サクスヴィル=ウェストの
息子の一人で、母親の著作権管理者。
これは、ナイジェル・ニコルソンの自伝的一冊。

ヴァージニア・ウルフは、ウィタにインスピレーションを受け、
『オーランドー』を著わした。
二人には、恋愛関係にあった時期があった。

ヴァージニア・ウルフと云えば、同性愛者と一気に連想され、
夫との間はAセクという印象がある。
夫レナード宛の手紙の追伸に、以下の文があることを
ナイジェル・ニコルソンが指摘している。

Shall you get any 'assions from Craig?

クレイグはヴァージニアの医師。
'assionsとは、ここで避妊用ピルの略称だという。
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by ars_maki | 2010-03-28 22:45 | 読書

思い込み (2)

結局、激しい思い込みのために段落と丸ごと吟味することが
なかったのだった。
他の人たちと議論していたMさんにお任せ。
相談されたもう一人のM氏は、英国人に訊ねたという。

私がスタッドランドで(オットリンとともに)過ごした3日3晩は、
人生がおよそ可能なかぎり素晴らしいものであるように思われた
貴重なひととときの一つとして、私の記億に残っている。
実際は、人生はその可能性の全てを開花させることなどめったに
ないのだが。(松下注: 'all that it might be' のところの
ニュアンスがよくわからず、正しく訳せる方がおられたら、
電子掲示板に書き込むか、WebMaster宛にメールでご教授くださる
ようお願いしました。その結果、M氏がイギリス人に聞いてくださり、
左記のような訳に落ち着きました。)。

M氏は、英国人に訊ねる際、問題の文のみを提示されたのだと思われる。

当事者のみでなく、相談を受けた者たちも問題の一文のみに拘わり、
背景ないし文脈を取り落としてしまったようだ。
恐らく、段落を一瞥しても、他の事、例えば、ラッセル自身が
無心論者を標榜していることから、神云々の部分は度外視されて
しまったのかもしれない。

この段落にもっと注意を払っても良かったのに、そうしなかった、
そうならなかった理由については前述した通りである。
苦悩に陥り、孤独に苛まれると、常に自然に立ち向かっていく
のだった。荒れる海で砕ける波を見るのだった。これについては、
以下のように書いている。

何の変化もなく、憂鬱で、果てしなく、波は浜辺で砕け、灰色の地平線
から定められた終着点へと旅する。同じように、魂も、神秘の誕生から
現われると、次から次へと死の岸辺へと呻きながら、たどり着く。
人生の大海は、広大で寂寥としている。・・・もだえ、不安に駆られる
魂よ、叶わぬ欲望を忘れるがよい。望みも怖れも、楽しみも苦痛も忘れ
去り、両目を開いて世界を見るがよい。

オットーラインとの逢瀬を阻むかと思えた残忍な神。その神に捕らえ
られずに済んだラッセル。
しかし、その幸福は続かない。オットーラインの愛に頼ることは
出来ないのだ。結局、真理を司る神を追うしかないのだ。これは、
しかし、宗教的な神でないことは言うまでもない。以下のような
神なのだ。

真理は、厳格で情け容赦のない神である。人間を犠牲に取り立て、
不忠実な者を嫉妬の雷鳴で焼き殺し、威厳をふるわせ、眉を吊り
上げただけで、恐怖に竦んでしまう者たちを狂気に駆る。・・・
なぜこんな神を崇拝するのか。真理を求めることなど忘れ、安逸や
優しいや愛に逃避しないのか。・・・真理の神に仕えると、勇気が
揮い起され、魂が偉大になり、平野を遥かに照らす灯りを山頂に
ともすことができ、怖れと混迷の夜も人間であり続けられるのだ。

結局、問題の文を理解するために、ラッセルと神との関係を
捉えなおしたことになる。遠回りになってしまった。
これも思い込みの激しさのなせる業だったようだ。
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by ars_maki | 2010-03-26 23:34 | 翻訳

Ein Mal in einem Monat

Besuche ich die Lehrerin um Tee-Zermonie zu lernen.

Heute lernte ich wie man Tee servieren sollte.
Ich habe zu viel Sache zu lernen gehabt.

Meine Beine wurden ganz tot wenn ich eine Tasse Tee
machte.

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Ich mochte andere Tassen fotographieren, aber ich hatte
keine Batterie mit mir.
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by ars_maki | 2010-03-26 18:17 | 季節

思い込み

ずっと以前に、ラッセルの自伝に出てきた一つの文が話題になった。

The three days and nights that I spent at Studland remain in my memory
as among the few moments when life seemed all that it might be, but
hardly ever is.

これを問題として出してきたMさんは、以下のように当時、言われた。

「私がスタッドランドで(オットリンとともに)過ごした3日3晩は、
(この世に)ほとんど存在しない(貴重な)ひととき--(★そのような時には★)人生とは、
人生において可能な全てであると思われる(可能性を信じて行動すればほとんどの道が
開かれてくると思われる?) が、しかし現実はそのようなことはめったにない--の
ひとつとして、、私の記億に残っている」

 つまり、二人は熱愛しており、そのような時はお互いを信じて努力してことにあたれば、
世の中のあらゆる障害を克服できると思ったりしがちであるが、実際はそのようなことは
ほとんどない(実際、ラッセルはオットリンと一夜たりとも一緒に過ごしてはならないと
いう条件を課され、怒り狂うことになります。ラッセルと夫フィリップとの衝突により、
夫をも心から愛しているオットリンにとって大変心を痛めることになり、最初の頃の
エクスタシー=精神的高揚を感じることが難しくなっていきます。)つまり恋愛の
渦中における錯覚であり、錯覚であるということは、恋がさめると(あるいはもっと
冷静になると)わかるようになる。

こうした状況の場合、大抵、質問者の方がテキストを読み込んでいるものと
考えるてしまっていた私。そこで、この時も、以下のようなレスをしました。

癌にかかっていつかもしれないというので本来なら憂鬱な気分で恋人や愛人と
楽しい時間を過ごすことなどままならないのだろうが、スタッドランドでオットーラインと
過ごしたこの3日3晩という時はそんな憂鬱が微塵も影を落とさない私の人生において
本当に輝いていた稀有なものとして記憶に残るものとなった。

>しかし、いずれにしても all that it might be の意味をどうとらえるか

と松下さまはご指摘されておられます。ここで、itは「状況のit」であり、
具体的には「ラッセルが癌に罹っていると宣告されたこと」、「癌と宣告されてこれまで
かと思い憂鬱かつ悲観的な気分になるというのが、all that it maight be
「絶対意気消沈するのが当たり前(なのに・・・)」ということではないでしょうか。

このレスをつつ、文脈の及ぶ範囲について書いています。
今から考えたら、範囲云々と言っているのですから、この問題になった一文を含む
段落全体を読むようにするべきだったのです。この文には、以下のような文章が
続きます。

I did not, of course, tell Ottoline that I had reason to fear
that I had cancer, but the thought of this possibility heightened my happiness
by giving it greater intensity, and by the sense that it had been wrenched
from the jaws of destruction. When the dentist. told me, my first reaction
was to congratulate Deity on having got me after all just as happiness
seemed in sight. I suppose that in some underground part of me I believed
in a Deity whose pleasure consists of ingenious torture. But throughout
the three days at Studland, I felt that this malignant Deity had after all
been not wholly successful. When finally I did see the specialist, it turned
out that there was nothing the matter.

もちろん、オットーラインには癌に罹っている惧れがあることは知らせなかったが、
癌に罹っているかもしれないと考えるだけで、また顎が今まで癌のために苦しめられてきたという思いによって、更に強烈に私の幸福感は高められたのだった。歯科医から癌だと告げられたとき、先ず最初にしたのは、ちょうど幸福になるという矢先に結局のところ私を捕まえた神に祝辞を述べることだった。どこか私の心の暗部で、天才的な拷問を与えて微笑む神がいると思っていたのだと思う。しかし、スタッドランドの三日間、この悪意に満ちた神は完全に成果を挙げるまでには至らなかったと思った。専門医にやっと診てもらうと、どこも悪くないことが分かった。

大文字で出ているDeity。これがキーワードです。
結局、段落全体から推測すると、状況を表す「it」の箇所、「all it might be、
but hardly ever is」は、以下のようになるようです。
「やっと幸福になりそうだったとき、残酷で情け容赦ない神に捕まえられそうになり、
捕まえられてしまうのが通常なのだが、そうはならずに、難を逃れるという幸運を得た
こと」。

次に、文全体に繋げると以下のようになるようです。

やっと幸福をなりそうだったとき、残酷で情け容赦ない神に捕まえられそうになり、
捕まえられてしまうのが通常なのだが、そうはならずに、難を逃れるという幸運を
得るという人生で滅多にない時として、スタッドランドの三日三晩は私の記憶に
残っている。

難から逃れることはありそうもないが、ラッセルがそうした人生で滅多にない
幸運に遭った事は、例えば、ノルウェー沖で乗っていた船で喫煙席に居た
ために救われた事もその一つかもしれません。

Mさんには、問題の文だけでなく、広い範囲を文脈に取った方が良いと言いながら、
この段落を読まず済ませてしまいました。紺屋の白袴をしているのには、
全く困惑してしまうのですが、思い返すと、以下のような理由が挙げられます。

ヴァージニア・ウルフが姉に同性愛的な感情を抱いていたという見方を
他の人に指摘されました。それを裏付ける内容をLouise Deslvoと
いう研究者がConceived with Maliceに書いているのを読んで、
あぁ、私の感覚は当てにならないのだ、と思いました。
ラッセルとオットーラインの熱愛云々に触れていた
Mさんはラッセルを私より敬愛しておられました。そこで、Mさんの方が
正しい判断をされているのだろうと思い込んでしまいました。

結局、Mさんの書かれていることを再び検討すると、以下の事実誤認が
あるのでした。

先ず、ラッセルとオットーラインにとってこのStudlandでの逢引が二人の
最初の逢瀬だということです。この一夜の密会がばれ、フィリップに
オットーライン共々殺されるても、Mさんが言及されている、エクスタシーを
追い求めていたことが挙げらるのも確かです。しかし、自伝だけでは、
正確なイメージが浮かばないことも確かなのです。

なお、オットーラインはこの逢瀬の後で、フィリップにラッセルとの事を
告白。フィリップは好きなようにしても良いが、条件として
ラッセルと御泊りするのは駄目だという条件を出すのです。

それぞれに思い込みがあったようです。
Mさんを過信してしまったのは、ヴァージニア・ウルフと姉ヴァネッサとの関係
云々に由来していたのは、既に述べた通りです。

次に、ヴァージニア・ウルフと云えば、すぐにVita Sacksville-Westとの同性愛が
連想され、同性愛者というラベルを貼るのに躊躇することはありません。
しかし、これに対して異議と異論が、Vitaの息子で彼女の著作権などを管理して
いるNigel Nicolsonによって出されています。これについては後日、記載したいと思います。
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by ars_maki | 2010-03-25 23:10 | 翻訳

ラッセルのドイツ語?!

ドイツ語をやり直している。
4分の半世紀くらい経っているので、殆ど忘れてしまっている状態。
当時は10歳くらいの力。現在は5歳くらい。

ドイツ語読解の授業に出たのがきっかけとなった。
最初の授業で試験に出されたのが、ラッセルの『西洋哲学史』序文。

Die Begriffe vom Leben und von der Welt, die wir >>philosophisch<< nennen,
sind das Ergebnis zweier Faktoren: ueberkommener religioeser und
ethischer Vorstellungen und einer Forschungsweise, die man als >>wissenschaftlich<<
im weitesten Sinne dieses Wortes bezeichnen kann. Die einzelnen Philosophen haben diesen beiden Faktoren in ihren Systemen stark unterschiedlichen Anteil eingeraeumt, doch ist es
fuer die Philosophie charakeristisch, dass bis zu einem gewissen Grade stets beide vorhanden sind.
>>Philosophie<< ist eine Wort, das in mannigfaltiger Weise verwendet worden
ist, zuweilen umfassender, zuweilen enger begrenzt. Ich beabsichtige, es in
sehr weitem Sinne zu gebrauchen, was zu erklaeren ich nun versuchen will.

今は読めるが、半年前は全然駄目。
ちなみに、原文の英語では以下。

The conceptions of life and the world which we call 'philosophical' are a product
of two factors: one, inherited religious and ethical conceptions; the other,
the sort of investigation which may be called (scientific', using this word in its
broadest sense.
Individual philosophers have differed widely in regard to the proportions
in which these two factors entered into their systems, but it is the presence
of both, in some degree, that characterizes philosophy.
'Philosophy' is a word which has been used in many ways, some wider,
some narrowere. I propose to use it in a very wide sense, wich I will now
try to explain.

「哲学的」と呼ばれる生と世界の概念は、二つのものから生み出されているが、
一つは、伝統的な宗教的にして倫理的な概念であり、もう一つは、もっとも広い
意味で「科学的」と称することができるような類いの探求から生み出されたもの
である。
この二つのものは、夫々の哲学者によって個々の思考体系に入っている割合は
非常に異なるが、両方が、或る程度、実際にあり、夫々の哲学を特徴付けている
のである。
「哲学」という言葉は、とても広い意味において使われることもあるし、狭い意味に
使われることもある言葉である。私は、非常に広い意味で使うことを提案し、本書で
これから試みてみようと思う。

そこで、これをドイツ語で読み続けてみようと、注文。
ドイツから届いたのは、この本。
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しかし、この文を探しても見当たらない。
この本の序文は以下。

Was machen die Philosophen, wenn sie arbeiten? Eine seltsame Frage!
Zuerst versuchen wir, durch das Hervorheben dessen, was sie nicht tun,
eine Antwort zu finden. Es gibt viele Dinge in der Welt uns herum, die sich
gut verstehen lassen. Nehmen wir z.B. die Arbeit einer Dampfmaschine.
Das gehoert in den Bereich der Mechanik und der Thermodynamik.
Ferner wissen wir eine ganze Menge ueber den Aufbau und die funktion
des menschlichen Koerpers. Das wird von der Anatomie und der Physiologie
erforscht. Oder die Bewegungen der Himmelskoerper, die den Gegenstand
der Astronomie darstellen. Diese genau bestimmten Erkenntnisse gehoeren
den exakten Wissenshaften an.

これは、とても読みやすい!
訳者の名前が見当たらない。
ラッセルがドイツ語で書いたのだろうと推測。

しかし、原文の英語はどこかで見かけたようなないような気がした。
そこで、手元のラッセルの『西洋の知恵』を開いてみたところ、
有りました!

What are philosophers doing when they are at work? This is indeed an odd
question, and we might try to answer it by first setting out what they are not
doing. There are, in the world around us, many things which are understood
fairly well. Take, for instance, the working of a steam engine. This falls within
the fields of mechanics and thermodynamics. Again, we know quite a lot
about the way in which the human body is built and functions. These are
matters that are studied in anatomy and physiology. Or, finally, consider
the movement of the stars about which we know a great deal. This comes
under the heading of astoronomy. All such pieces of well defined knowledge
belong to one or other of the sciences.

哲学者が哲学しているとき、何をしているのだろうか。これは、実際、奇妙な問いだが、
哲学していないとき何をしているのかと問うことによって、この問いに答えてみようでは
ないか。私たちを取り巻く世界には、かなり熟知している多くのものがある。例えば、
蒸気機関の働きを例に取ってみよう。蒸気機関の働きは、力学と熱力学の領域に
関わるものだ。また、人体の構造と機能についても私達は、かなり多くの事を知って
いるが、専門的には解剖学と生理学により研究される事柄である。あるいは、ついでに
私たちが多くのことを知っている恒星の動きを考えてみよう。これは、天文学という
専門に属する。こうした全てのキチンと定義された知識が科学のそれぞれの専門領域に
属している。

翻訳されたものだったのですね。
翻訳者は、何と出版社の下に併記されていました?!
Ka'roly Foeldes-Pappという方だそうです。
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by ars_maki | 2010-03-24 11:16 | 読書

First impression lasts long

Den letzten Tage habe ich gescchrieben, dass man etwas Fixsiert
ueber Lewis Carroll oder Friedrich Nietzsche hat.
Man betracht Lewis Carroll, zum Beispiel, als pervers mit Lolita Komplex.
Diese Ansicht ist aber eigentlich falsch.

Man moechte glauben dass wir alls etwas tabla lassa haben. Aber gelegentlich
findet man dass dies niccht so leicht geht. Ich habe gemerkt etwas Aehnliches
passiert bei Russellstext aus seiner Autobiographie, darueber vor einige Jahr
Herr Matushita und die Andere diskutieren haben. Der erste Satz darunter ist
unsere Aufgabe gewesen.

The three days and nights that I spent at Studland remain in my memory
as among the few moments when life seemed all that it might be, but
hardly ever is. I did not, of course, tell Ottoline that I had reason to fear
that I had cancer, but the thought of this possibility heightened my happiness
by giving it greater intensity, and by the sense that it had been wrenched
from the jaws of destruction. When the dentist. told me, my first reaction
was to congratulate Deity on having got me after all just as happiness
seemed in sight. I suppose that in some underground part of me I believed
in a Deity whose pleasure consists of ingenious torture. But throughout
the three days at Studland, I felt that this malignant Deity had after all
been not wholly successful. When finally I did see the specialist, it turned
out that there was nothing the matter.

Hier liest man Russelsgott als grausam wie Thomas Hardysgott,
der wie ein Kind, das eine Flieg mit einem Schlag toete, uns verletzt
oder erschlagt. Hier andeutet Russell dass er die grosse Flucht
erfahren haette; er auch schreibt in seinem Private Memoire dass er
nie gemieden haette wenn er und Ottoline von Phillip[Ottolinesgatte]
um Leben gebracht geworden sollten. Russell besucht Ottoline
bei ihrer Villa in Strutland. Dies was ihr erste Randevous.

Nun sehe ich gut aus wie ich einen Fehler gemacht habe, weil ich nur
den Satz gelesen und die folgende Saetze micht gelesen habe.

癌にかかっていつかもしれないというので本来なら憂鬱な気分で恋人や愛人と
楽しい時間を過ごすことなどままならないのだろうが、スタッドランドでオットーラインと
過ごしたこの3日3晩という時はそんな憂鬱が微塵も影を落とさない私の人生において
本当に輝いていた稀有なものとして記憶に残るものとなった。

>しかし、いずれにしても all that it might be の意味をどうとらえるか

と松下さまはご指摘されておられます。ここで、itは「状況のit」であり、
具体的には「ラッセルが癌に罹っていると宣告されたこと」、「癌と宣告されてこれまで
かと思い憂鬱かつ悲観的な気分になるというのが、all that it maight be
「絶対意気消沈するのが当たり前(なのに・・・)」ということではないでしょうか。


Also ist meine Lesung nie gut gewesen; das war nicht der Krebs aber
der grausame Gott, der uebele Schatten ueber Russell geworfen hatte.
Russel wagt die Wette von Leben und Tod; er nie vermeidet den Tod
in Strutland wenn er eine Nacht mit Ottoline verbpringen koennte.

Ich habe sehr dummes Zeug gemacht, weil ich sehr kurzsichtig gewesen
bin. Ich habe geschrieben dass man Bereich von Lesung beachten muesse,
aber ich habe nie so gemacht.

Jederweise, es ist interessant dass Herr Matushita die Liebe Russells
beachtet, weil ich etwas anderes beachte. Ich bin nicht allein, z.B.
Louis Desalvo hat die aehnliche Ahnung hat. Sie sagt in ihr Buch
Conceived with Malice:

She had managed a three-day idyll at Studland Bay on the Dorset coast
with Russell early in their affair while putting off the attentions of Lamb,
who waited for her nearby, and her husband, who would join her later.
Russell described their early time together as "among the few moments
when life seemed all that it might be." 1


Hier wundert man sich wie tief Ottoline in Russell verliebt ware.
Ottoline sagt in ihrem Tagesbuch ueber ihre Liebe fuer Russell:

"It was pure madness to be intimate with Bertie or anyone else,
for I can give him so little, Philip takes all I have. I used to think
I had love enough to spill over but, if one gives a little, people
are not satisfied; they want it all for themselves."
February 23rd (1913)

Robert Gathorne-Hardy, der Ottolinesmemoire herausgegebet hat, sagt:

She was, it will be concluded from her narrative, wonderfully obsessed
by Bertrand Russell. She had the intelligence to see the great qualities
of his mind. That they were lovers is not, after his disclosures, to be
doubted. However, in all this, there was, on her part, evidently a large
element of duty. She was fascinated by him: probably she loved him:
but she was never, it would seem , what can be called in love with him.2

1. Louise Desalvo, Conceived with Malice: Literature as Revenge
  in the Lives and Works of Virginia and Leonard Woolf, D.H. Lawrence,
  Djuna Barnes, and Henry Miller,
p. 119
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2. Robert Gathorne-Hardy, Ottoline at Garsington: Memoirs of Lady
  Ottoline Morrell 1915-1918,
Faber and Faber, 1974 p. 263.
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by ars_maki | 2010-03-23 01:24 | 翻訳
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Der Titel lautet The History of Western Philosophy, nicht wahr?

Denker des Abendlandes Eing Geschichte der Philosophie ist
von Bertrand Russell geschrieben.
Zuerst habe ich gedacht dass BR selbst dieses buch geschrieben hatte;
es ist leich zu lesen, zum Beispiel, die Einfuehrung lautet aus:

Was machen die Philosophen, wenn sie arbeiten? Eine seltsame Frage!
Zuerst versuchen wir, durch das Hervorheben dessen, was sie nicht tun,
eine Antwort zu finden. Es gibt viele Dinge in der Welt uns herum, die sich
gut verstehen lassen. Nehmen wir z.B. die Arbeit einer Dampfmaschine.
Das gehoert in den Bereich der Mechanik und der Thermodynamik.
Ferner wissen wir eine ganze Menge ueber den Aufbau und die funktion
des menschlichen Koerpers. Das wird von der Anatomie und der Physiologie
erforscht. Oder die Bewegungen der Himmelskoerper, die den Gegenstand
der Astronomie darstellen. Diese genau bestimmten Erkenntnisse gehoeren
den exakten Wissenshaften an.

Warum habe ich gedacht dass BR diesen Text geschrieben hatte?
Ich hatte einmal die andere Einfuehrung gelesen. Hier geht sie:

Die Begriffe vom Leben und von der Welt, die wir >>philosophisch<< nennen,
sind das Ergebnis zweier Faktoren: ueberkommener religioeser und
ethischer Vorstellungen und einer Forschungsweise, die man als >>wissenschaftlich<<
im weitesten Sinne dieses Wortes bezeichnen kann. Die einzelnen Philosophen haben diesen beiden Faktoren in ihren Systemen stark unterschiedlichen Anteil eingeraeumt, doch ist es
fuer die Philosophie charakeristisch, dass bis zu einem gewissen Grade stets beide vorhanden sind.
>>Philosophie<< ist eine Wort, das in mannigfaltiger Weise verwendet worden
ist, zuweilen umfassender, zuweilen enger begrenzt. Ich beabsichtige, es in
sehr weitem Sinne zu gebrauchen, was zu erklaeren ich nun versuchen will.

Dies ist aus The History of Western Philosophy.

Also ich habe vermutet dass Denker des Abendlandes diesen Text
haben sollte. Aber ich habe keinen gefunden.

Ich versuchte die originale Texte zu finden.
Fuer den erste Text:

What are philosophers doing when they are at work? This is indeed an odd
question, and we might try to answer it by first setting out what they are not
doing. There are, in the world around us, many things which are understood
fairly well. Take, for instance, the working of a steam engine. This falls within
the fields of mechanics and thermodynamics. Again, we know quite a lot
about the way in which the human body is built and functions. These are
matters that are studied in anatomy and physiology. Or, finally, consider
the movement of the stars about which we know a great deal. This comes
under the heading of astoronomy. All such pieces of well defined knowledge
belong to one or other of the sciences.

Und fuer den zweite:

The conceptions of life and the world which we call 'philosophical' are a product
of two factors: one, inherited religious and ethical conceptions; the other,
the sort of investigation which may be called (scientific', using this word in its
broadest sense.
Individual philosophers have differed widely in regard to the proportions
in which these two factors entered into their systems, but it is the presence
of both, in some degree, that characterizes philosophy.
'Philosophy' is a word which has been used in many ways, some wider,
some narrowere. I propose to use it in a very wide sense, wich I will now
try to explain.

Wenn man diese zwei Texte vergleichen solle, kann man finden,
dass der erste leichter zu verstehen nicht nur der originale Text
aber auch der uebergesetxte. Der uebergesetxe Text ist nicht
textgemaess.
Deswegen habe ich zuerst gedacht dass BR auf Detisch geschrieben
hatte?

Ich versuchte den/die Uebersetzer/Uebersetzerin zu finden.
Mann kann nie ihn oder sie neben den Autor finden.
Sie ist verborgen: sie ist neben den Verlag besetzt.
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Sie heisst Ka'roly Foeldes-Papp.

Aber woher kommt der erste Text?
Er kommt eigentlich aus dem Buch, das heisst Wisdom of the West.
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by ars_maki | 2010-03-22 13:23 | 読書

Ameymiya-kun

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This has been stored in the camera over a week,
for the cable to tug into the PC was not working
and I had to order a new one.

The bread is called Amemiya-kun.
They used to have the Snowman but they've changed his hair style
and also some facial expressions.
Amemiya-kun is not a famous character but the bakery's invention.

This is the first photo I took with the new cable.
Within a few days the table got this messy.
I've got a reading plan and will put them away
soon.

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by ars_maki | 2010-03-20 17:57 | 季節